【Yenomのブランド論対談 第2回】
仮想通貨の世界で、初めてビットコインを使う人をターゲットにしたウォレットアプリを開発している会社がある。その名も、「Yenom(エノム)」。安心や安全を謳うサービスが多い中、「遊ぶ」をキーワードに据える異色の存在だ。ビットコインという新しい産業への挑戦と同時に、社名・サービスのネーミングをはじめ、ミッションやバリューの言語化を行い、ブランディングを進めた。その背景や今後の目指す姿について、CEOの宇佐美氏(写真左)と、ブランディング・プロジェクトを主導したPARK代表取締役でコピーライターの田村氏(写真右)に訊いた。
聴き手:BRAND THINKIKNG編集部 撮影:落合陽城
目指していたのは、世界一になること。
——–そもそもビットコインに着目したキッカケは何だったのでしょうか?
宇佐美:「英単語アプリmikan」の時もそうだったんですが、僕たちは「世界一の会社になること」を目指しています。その想いは起業した最初から強く持ち続けています。世界一になるためには、英語が必要だろうとか、今から世界一になるならITだろうとか、そんな感じで英単語アプリを展開していたのですが、頭の片隅では、これで世界一を目指せるのかとずっと悩んでいました。おかげさまで「mikan」のユーザーも増えていましたが、英単語アプリだけをやっていて世界一になれるのか。そこに自分は挑めているのかと自問していたんです。もっと違うことをやってみたいと思っていた時に、たまたまビットコインに出会った。最初はそこまで心を奪われませんでしたが、勉強していくうちにどんどんのめり込んでいきました。ある程度調べたら限界が見えるかなと思っていたんですけど、調べるほどにビットコインには限界がないと感じ、こんなものに出会ってしまったのに、やらないわけにはいかないと思ったんです。
田村:もともとビットコインやブロックチェーンの領域は間違いなく拡大するだろうなと思って、本を2〜3冊読んではいたんです。ただ、実際にプロジェクトが始まってみたら、いろいろ話を聞いてみても、ほぼ分からなかったです。そこから勧められた本を読んだり、自分で調べたりと地道な作業の連続でした。僕自身もめちゃくちゃ勉強しましたね。
宇佐美:もともと僕も超難しそうって思っていたんです。僕はエンジニアなんですけど、2014年頃にブロックチェーンが騒がれていた時も正直よく分からないなと思っていました。たまたまコインチェックの社長の和田さんと知り合いで、彼がサービスをはじめた時にいろいろと教えてもらったんです。それでも正直言って怪しいなと思いましたし、本当によく分かりませんでした。エンジニアでも分からない人はまだまだたくさんいるはずだし、エンジニアでない人だったら余計に分かりにくいものですよね。
「遊び」の中から新しい価値が生まれる。
——-だからこそ「とびきりやさしいビットコイン・ウォレット」をつくろうと思われたんですね。
宇佐美:ビットコインの周りにはギークな人たちも多くて、その人たちが求める多機能なサービスが多かったんです。でもそれでは、初心者には複雑で難し過ぎます。たとえば、カメラの素人がいきなり一眼レフカメラを渡されたら、どう使えばいいか分からないじゃないですか。でも、本来写真は誰もが楽しめるもののはずで、ビットコインにもそういうサービスが必要だと感じたんです。だから、初心者にフレンドリーなものをつくろうと考えました。プロやギークの人たちしか扱えないものではなくて、誰もがビットコインって簡単なんだって思ってもらえるものにしたくて、「とびきりやさしいビットコイン・ウォレット」としたんです。
田村:このワードは、あくまでも領域というか、サービスの形態を表しているサブコピーのようなもので、スローガンは、「ビットコインで、遊んでみるなら。」にしました。
宇佐美:この「遊ぶ」というワードはすごくうまくはまったなと感じています。「遊ぶ」というキーワードがフィックスされた時は、すごくしっくりきました。僕らの毛色というか特長にすごく合っていますし、目指すサービスから考えても、ユーザーの資産を安全に保管する金庫のようなウォレットというものではなくて、まずはビットコインに触ってみようというもの。敷居を下げるようなサービスということもあって、「遊ぶ」というキーワードはすべてが合っているなと感じましたね。
田村:今回のプロジェクトで最も大切にしたのが、既得権益にとらわれないことでした。大きな会社であれば人の目やしがらみもあったりしますが、そういったものから自由になって、違うアプローチで世の中を作っていこうという体質なんだなと感じていたんです。それはなかなか宿せるものではないので、そういった思い切りの良さを体現した言葉にしたいと考えたんです。それから、興味を持ったものに対して、会社としてものすごく突っ込んでいく姿勢があって、その熱量が他の会社とは違うとも感じていました。そこから昇華していって出てきたのが「遊ぶ」というワードでした。「正しさ」ではなくて、遊びの中から得体の知れない価値を生み出してくれるような期待感を宿した言葉にしたかったんです。だから、ミッションは「ビットコインで、世界を遊ぶ。」にしました。サービスのスローガンも、会社としてのDNAをしっかり宿したものにした方が良いので、「ビットコインで、遊んでみるなら。」にしたんです。
▼Yenomのミッション
価値観の言語化が自分たちの指針になった。
——-ミッションやバリューが決まったことで、どのような変化がありましたか?
宇佐美:今までは、僕らの中でチームワークの良さや空気感の良さを感じた時に、なぜそれが良いのかがなかなか言語化できていなかったんです。空気が悪くなった時も、何が良くない原因なのかが分からなかった。でも、バリューが決まったことで、5つのバリューに照らし合わせて、この5つがしっかり実践できていたら良い状態だと共有できたので、1本芯を通すことができました。ずれてもすぐに戻れる自分たちの「指針」という意味でも良かったと思います。あとは、このバリューに共感する人を採用していくというのがこれからの挑戦ですね。
田村:僕はYenomのみんなが使っているSlackのメンバーに入れてもらっているんです。で、バリューのようなものって流通して使い倒してこそ価値があると思っているのですが、すでに「Be Nice.」のスタンプができていたりとか、会話の中でも「それってBe Nice.だね」とか言われていたりするんです。インナーとしてはすごく機能を果たしているなと感じているのと、あとはこれがキッカケになって自分たちの価値観のアップデートがすごいスピードで行われているなと感じています。というのも、実はバリューはもともと「Be Nice.」、「Don’t Wait.」、「Think Why?」、「Danshari.」の4つだったんです。完成した時に「できた!」という感じだったんですが、ある日宇佐美くんから相談したい事があると連絡があって。
宇佐美:公開の日も決まって、サイトも完成したというタイミングで、もう1個バリューを増やしたいという相談をしたんです。
田村:それが最終的に決まった、「What’s Best?」です。人の目や評価を気にしたり、自己成長ばかりを追いかけたりしがちですが、そうなると会社のパフォーマンスが上がらないので、やるべきこと・仕事に向かうことの大切さをバリューに追加したいという話でした。これはすごく難しいなと思いました。ひとことで言うと、「コトに向かう」ということなんですよね。でも今回は海外でもある程度通じるよう英語表現のバリューで、なおかつ端的に表すというのが前提としてあったのでかなり悩みました。でも、バリューができたことで、これで会社の全体像を言い表せているのかと自分たちの中で反芻があり、新たに1つ追加された。このプロジェクトをキッカケに価値観がアップデートされた証拠ですよね。それは血肉になっている証拠でもあります。流通や浸透によって会社の道標になっているという意味で、成果がすでに出始めているのかなと思いますね。
▼Yenomのバリュー
第3回 「今、100%の一貫性があるか。その連続が強いブランドをつくる。」は8/10(金)に公開します。
宇佐美峻(写真左)
Yenom(エノム) CEO
2014年、大学在学中に株式会社mikanを設立。ゲーム感覚で英単語を学習できる英単語学習アプリ「mikan」をリリースし、約250万ダウンロードを突破する人気アプリへと成長させる。2017年にビットコインの可能性と奥深さに気づき、2018年3月「とびきりやさしいビットコイン・ウォレットアプリ Yenom」をリリースし、同年4月に株式会社Yenomに社名変更。「ビットコインで、世界を遊ぶ。」というミッションを掲げ、水や電気、インターネットのように、ビットコインが生活の一部となるための環境づくりを目指す。
田村大輔(写真右)
1982年生まれ。2004年よりコピーライター廣澤康正氏に師事。ユニクロ、ロッテリア、ミズノなどのブランディング/プロモーションに携わる。2012年、面白法人カヤック入社。コピーライター専属部署「コピー部」の立ち上げに参画。サービス立案・運営からキャンペーンまでを担当。2013年、オレンジ・アンド・パートナーズ入社。プランナー/プロデューサーとして、企業ブランディングや地域活性プロジェクトを担当。2015年、クリエイティブエージェンシー株式会社パーク設立。「愛はあるか?」を理念に、最近ではスタートアップ系のブランディングに力を注いでいる。
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