【アドラー心理学が組織を変える 第3回(最終回)】
これまでアドラー心理学は子育て論などに応用されることが多く、企業への応用は少ない。しかし以前より数多くの企業研修にアドラー心理学を応用し、「しなやかな」組織づくりを支援してきた岩井俊憲氏。50冊を超える著書があるアドラー心理学の第一人者だ。ブランド論にアドラー心理学を応用し理念浸透を推し進める「ブランド・ラクティス™」理論を構築した嶋尾かの子氏が聞き手となり、理念浸透や組織づくりに重要な考え方、在り方を聴いた。
聴き手:嶋尾かの子(むすび株式会社) 構成:BRAND THINKIKNG編集部 撮影:落合陽城
経営者が伝え続ける。ブレイクダウンする。
嶋尾:組織において、強い組織をつくるためには、理念浸透が必須で、何が理念浸透を促進する行動なのか、について解き明かしたのがブランド・プラクティス™なのですが、岩井さんは強い組織をつくる理念浸透についてどのようにお考えですか。
岩井:理念(ビジョン、ミッションなど)は、企業がそこに存在する目的そのものです。なんのためにこの会社をつくったのか、お客様にどう喜んでほしいのか、従業員にどのようなことを期待するのか。これをまずは経営者自身がまとめ、伝え続けないといけないと思っています。
嶋尾:やはり経営者自身がまずは最初に立ち上がらないといけないですよね。
岩井:そしてそれらだけでなく、社内の組織(チーム)ごとにブレイクダウンして行く必要があると思います。それでこそ、目標や計画レベルまで理念が浸透し、一貫した組織が出来上がると考えています。とある大手コンサルティング会社の社長もこんなことを言っていました。「原因を追求すること、目的を確認すること。経営には両方の翼が必要。生産性と人間性、双方をバランスよく持ち合わせた組織が、成長できる」と。
自律した集団を育てる。だから売上も上がる。
嶋尾:アドラー心理学には批判もあって、「甘やかす」というふうに捉える人もいますね。
岩井:それは大きな誤解で、アドラー心理学は厳しいですよ。自律した人を育てますから、みんな人のせいにはしないんです。そういう人が集まって、すぐれたしくみから商品ができあがっている。これを「共同体的機能体」と呼んでいるんですが、それをつくっていくことは、並大抵のマネジメントではありません。しかも多くの人がそのマネジメントをできないといけないですから。
嶋尾:やはりアドラー心理学的なアプローチでの組織づくりは売上も上がりますか。
岩井:私が支援してきたところは、明らかに業績が良くなってきますね。社員のコミュニケーションが活発になり、みんなが失敗を恐れなくなる。それができるのは「なんのためにこれをするのか」が浸透しているから。私の実感では2年位実践すればかならず体質改善が行われ、売上も伸びます。その起点は社長。「お前らやっとけ」ではダメで(笑)、社長自身の自己変革無くして、組織変革はありえないですよ。家で言っていることと、会社で言っていることが同じでないと。
コミュニケーションの量より態度。
嶋尾:先生の著書で、人を動かすには「内発的動機づけ」が必要で、そのためには「自己決定感」、「自己統制感」が必要と書かれていますが、これを育てるのは難しいですよね。どうアドラー心理学で言うところの「勇気づけ」を行って育んでいけばいいのか、難しいところですよね。
岩井:内発的動機づけに関しては、例えばマズローの欲求5段階仮説で言えば、その段階ごとに勇気づけの仕方が異なると考えています。 生理的欲求が強い人だったら、給与で処遇するとか、承認欲求が強い人なら、アドラーでは褒めるでも、叱るでもない、勇気づけという考え方がありますが、褒めるがあってもいいと思います。自己実現欲求のレベルでは、褒めてもその人には当たり前のことですから、ここで「勇気づけ」が有効なのです。
嶋尾:実際にプロジェクトの期日が迫っていると、上司がやってしまう場合もあると思うんですね。でもそれをしてしまうと、「自己決定感」、「自己統制感」は育まれない。ここにジレンマを感じる人も多そうですね。
岩井:私は最終的に上司がやってしまうから、部下が自分で考えなくなるし、自律的になることはないと思います。上司は自分がやってしまうのが楽ですからね。でもアドラー心理学的に「できていることにアプローチ」すれば、例えば「どんな工夫したの?」と問うことで、うまくいったことのメカニズムをその人にビルトインすることができます。これは必ずしもコミュニケーションの量ではなく、上司の態度が重要だと思います。つまり部下への信頼、尊敬、共感。上司からも呼びかけることはとても重要ですが、部下から声がけをしやすくなる態度が大切なのです。
リッツカートの連結ピン図
引用:http://sdsc.p2.weblife.me/pg135.html
目的を共有すれば、個性を発揮する組織になる。
嶋尾:組織が大きくなると理念浸透も難しくなりますよね。
岩井:アメリカの組織心理学者リッカートが提唱した「連結ピン」(図)のイメージで、そのチームごとの目的(理念)を考えてもらい、トップの方針を部門方針に置き換えてもらう作業が必要ですよね。それを部門ごとの目標に、そして個人にまで落とすことで、そこで働く人それぞれの行動指針になってきます。これが理念浸透を促進すると思います。
嶋尾:私たちもアドラー心理学を応用して、「ブランド・プラクティス™」をさまざまな企業でまさに「実践」していますが、アドラー心理学的な組織づくりがどんどん進むといいですよね。
岩井:私事ですが、これから組織づくりにアドラー心理学を応用していく連載や書籍の発刊予定が相次いでいます。やっぱり企業が変わらないと、日本は変わらない。経営者自身がハッピーで年々喜びが増える組織にしないと。まずはそこからでしょう。そのためには恐怖ではなく、「勇気づけ」のマネジメントです。そして嶋尾さんのように「ブランド論」と「アドラー心理学」という一見、異質なものを組み合わせることで、イノベーションは生まれていきます。組織は目的を共有化し、異なる価値観を認めこと。その上で自分の個性を発揮してもらってこそ、成長する組織になるのだと思います。
(おわり)
岩井俊憲(写真右)
有限会社ヒューマン・ギルド
代表取締役
1947年、栃木県に生まれる。早稲田大学卒業。外資系企業を経て、1985年有限会社ヒューマン・ギルドを設立。中小企業診断士、上級教育カウンセラー、アドラー心理学カウンセリング指導者。ヒューマン・ギルドでカウンセリング、カウンセラー養成や公開講座を行うほか、企業・自治体・教育委員会・学校へカウンセリング・マインド研修、勇気づけ研修、リーダーシップ研修や講演を行う。「勇気の伝道師」をライフワークとしている。『人を育てるアドラー心理学』(青春出版社)、『「勇気づけ」でやる気を引き出す!アドラー流 リーダーの伝え方』(秀和システム)を含めてこれまでの著書は50冊以上。
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